
“食物アレルギーっ子”が笑顔で食事できる社会を作るには?NPO法人アレパパの挑戦
近年は先進国を中心に食物アレルギー患者が増加傾向にあり、日本でも全国で乳児の10人に1人が何かしらの食物アレルギーを抱えていると言われています。
そんな中、普段の料理で子どものアレルギーの原因となる食品(アレルゲン)除去に努めている家庭も少なくないでしょうが、さまざまな素材が使われている外食メニューや加工品・惣菜ではその見極めが大変ですよね。
アレルギーを抱える子どもたちが楽しく安全に食事できるような社会にしたい──。そうした思いを実行に移したのが、ご自身のお子さんも食物アレルギーを抱えているという「NPO法人アレルギーっこパパの会(アレパパ)」理事長の今村慎太郎さん。
今回は、アレパパの活動にかける今村さんの思いや、クラウドファンディングで話題を集めた「卵・乳・小麦を使わないプロのレシピ通信講座」など幅広い取り組みについてインタビューしましたのでご紹介します。
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食物アレルギーに対応できていない社会を「誰かがやらないなら自分で動かす」と一念発起
─今村さんが子どもの食物アレルギーについて問題意識を持つようになったのはいつ頃からですか?
そもそものきっかけは、2009年に生まれた長女が生後半年ほどで重度の食物アレルギーと診断されたことです。その後、子どもの食物アレルギーと日々向き合う生活をスタートし、その中でだんだん“生きづらさ”を感じるようになりました。
─具体的にどのようなことですか?
加工品の食品表示を見ても何が何だか分からず、とにかく食材の買い物が大変。また、娘のアレルギー数値があまりに高かったので、母乳をあげる妻も卵・乳・小麦・大豆のアレルゲンを除去した食生活に念のため切り替えました。
それでも家の中ではなんとかアレルゲン抜きの料理を作れるのですが、外食店のアレルギー対応が十分ではなく、外出した途端に子どもの食生活が成り立たなくなるわけです。食物アレルギーを抱える子どもが少なくない中、なぜ社会がこれだけ対応できていないのか?という疑問が芽生え、自分にできることを何かしたいと思うようになりました。
─誰かがやらないなら自分でやろう、と考えたわけですね。
娘が食物アレルギーを抱えている状況も含めて「これは自分に与えられた運命ではないか」とポジティブにとらえるようになり、会社員としてではなく自分で何かを成し遂げたいという思いが元々あったことから、2013年に当時勤めていた会社を辞めてアレパパを設立しました。
─「アレルギーっこパパの会」という名前の由来は?
食物アレルギーについて調べる中で患者団体の講演会にも足を運んだのですが、どこへ行っても参加しているのはママばかり。でもパパだって子どもの食物アレルギーについて深く考えたり悩んでいるんだよ、と存在感を示したいという思いから「パパの会」と名付けたのです。
食物アレルギーの子とその親たちが集い、アレルギー対応食をビュッフェ形式で味わえるイベントを開催
─どのような活動からスタートしたのですか?
食分野の方たちとのつながりが一切ない状態でアレパパを設立したので、最初の1年間はアプローチも定まらないまま、ただガムシャラに動いていましたね。そんな中、食物アレルギーを抱える子どもの外食実態調査を行い、そこで気づいた視点が活動の出発点になりました。
─どのようなことに気づいたのですか?
外食で食物アレルギーを発症したことのある子どもが全体の6割いて、そのうち2割がアナフィラキシーショック(※)を経験したという結果が出ました。外食店ではメニュー写真から「これなら食べられそう」と想像しながらリスク覚悟で注文するケースがあるので、この結果はだいたい想定できたことです。
そんな中、外食店のメニューに食物アレルギー表示がある場合、子どもが食物アレルギーだと自分から店に伝えないという実態が判明しました。その結果、店側が食物アレルギー患者の存在を認識しづらくなり、決められたメニューを作る以外でのアレルギーへの配慮が不十分になってしまうのです。
※アレルゲンによって複数の臓器や全身に症状が同時に起こり、血圧低下や意識障害など生命に危険が及ぶ過敏反応のこと
─便利なはずの食物アレルギー表示が逆効果になるということですか。
しかも、子どもの食物アレルギーを店に伝えないまま食事で発症した場合、発症したことすら伝えないという傾向も見られました。こうした負のスパイラルを断ち切るためには、自分の子どもが食物アレルギーだと言いやすい環境や雰囲気を作ることが大切だという視点を得ることができたのです。そうした視点から訴えかけを続けていくうちに、外食産業の方たちも「なるほど」と耳を傾けてくれるようになりました。
─ようやくアレパパの活動の軸が定まったわけですね。でも、何の接点もない企業に働きかけるのは大変じゃなかったですか?
もちろん大変でしたが、それでも「頑張ろう」と思えるきっかけになる出来事がありました。
ある外食チェーン企業に食物アレルギーの子たちを集める外食イベントを提案したところ、「こんなイベントはウチではできない」「もし何かあったらどうするの」といったネガティブな反応ばかりで、挙げ句には担当者が話の途中で居眠りしたんですよ! その悔しさが「外食産業の現状を何とか変えたい」という活動の原動力になりましたね。
─アレパパの活動で最初に挙げた大きな成果は?
外食産業って1つの会社が何かを始めると、他社もドミノ倒しのように取り組んでいきますよね。その“最初のドミノ”として、アレパパの外食実態調査に目を留めてくれたマクドナルドにアプローチすることにしました。
そんな折、当時のサラ・カサノバ社長が全国のママたちと行った意見交換を受けて、食物アレルギーへの対応強化がトップダウンで決定したのです。その取り組みへの協力を要請され、商品の膨大なアレルギー情報を分かりやすく検索できるシステムの構築をサポートしました。
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食物アレルギー対応製品を永続的に届けられる拠点を作りたい
─外食産業に対する働きかけについて語っていただきましたが、アレパパではそれ以外にどのような取り組みを行っていますか?
食物アレルギー対応食を提供する親子カフェ「il sole」(2018年からイタリアン創作料理店「il sole Gao」として営業)でオーナーシェフを務める辻正博さんを紹介いただき、辻シェフと一緒に外食企業からアレルギー対応の相談に応じていたのですが、その中で「外食の現場で使いやすいアレルギー対応製品が増えないことには、アレルギー患者が食べられるものも増えない」という課題が浮かび上がりました。そこで今度は食品メーカーへの働きかけを行うことにしたのです。
─アレルギー表示からさらに前の“作る段階”に目を向けたわけですか。
まずは大手食品メーカーと“アレルギーに対応できて、誰が食べても美味しい”製品を作ることになったのですが、開発がスタートするまで2年も掛かりました。
そこでふと気づいたのです。食品マーケット全体の中で食物アレルギー患者の割合はごく一部なので、大規模な工場でアレルギー対応製品をたくさん作る必要はない、と。全国の障がい者就労支援施設に作っていただければ、必要な人に必要な数だけ届けられる永続的な拠点になるのではと思いつきました。
─大企業だとどうしても意思決定や対応に時間が掛かりますが、小規模な施設の方が柔軟に動けそうですよね。
アレパパが協力を依頼したのは、B型と呼ばれる非雇用型の障がい者就労支援施設。こうした施設では製品の売上をそのまま就労者に分配しているのですが、基本的に手作りなので大量生産できず、また製品の単価が安いこともあって平均月給は約1万5000円だそうです。
そこで「アレルギー対応のケーキ・お菓子を作れたらそれが施設の付加価値になり、売上と工賃のアップにつながるのではないか」という思いを抱き、アレルギー対応レシピを障がい者就労支援施設へ配布することに決めました。
─2016年にクラウドファンディングでプロジェクトを立ち上げた「卵・乳・小麦を使わないプロのレシピ通信講座」のことですね。
このレシピは辻シェフが考案し、作り方の実演動画の作成もご協力いただいています。まずは青森の障がい者就労支援施設で取り組みを始め、SNS経由で作り方を指導し試行錯誤を重ねました。
そうして完成したお菓子を外食のプロたちに食べてもらったところ、「本当に小麦とか使ってないの?」と驚かれたことに手応えを感じ、その後は横浜など各地に拠点を広げています。
■国内最大のクラウドファンディング「Readyfor」
─レシピの作成より、実際に活用してもらう過程の方が大変だったのですか。
はい。メニューの内容や味も大切ですが、最も重要なのは障がい者就労支援施設で実際に作れること。他にも、安定した労働力や販売ルートの開拓など、山積みとなった課題を1つずつ解決しながら現在まで進んできました。
今後は、障がい者就労支援施設が作った製品を買ってくれるお客さんをたくさん集めて、作り手の皆さんのさらなるモチベーション向上につなげたいですね。
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アレパパから食物アレルギーの子どもを育てるパパへのアドバイス
─最後に、今村さんの子育て体験やアレパパでの活動を踏まえて、食物アレルギーの子どもを育てるパパにアドバイスがあればお聞かせください。
食物アレルギーへの対応が比較的行き届いている保育園から小学校へ進学した途端に、いろいろなトラブルが起きやすい傾向が見られるのですが、その原因の多くは学校とのコミュニケーションがうまくいかないことにあると思います。
最近は給食でアレルギー対応を行う学校が増えているものの、100%の安全を実現するのは難しく、どうしても事故が起きるケースはあるわけです。そんな時に親としては「事故の原因を探ってほしい」「再発防止策を考えてほしい」と学校に問い詰めたくなるところですが、まずは一度冷静になって対話してみてください。できればパパも面談に参加して学校側と一緒に落としどころを探していくと、解決策が見つかりやすくなるはずです。
─日頃ビジネスで培っているパパの対話力や交渉力が発揮できそうですね。他にも何かありますか?
何でもいいので子どもにチャレンジさせる環境を作ってください。
食物アレルギーを抱える子どもは普段から何かと親に守られているため、例えば自分でお菓子を選んで買うなど、普通の子どもにとって当たり前のことをやったことがない子も多いのです。もちろん親の管理で健康と安全を守ってあげることも大事ですが、子どもが自ら危機管理できるように早いうちから働きかけることは、長い目で見ると子どもの自立のために必要なことでしょう。
─「少年は手を離せ、目を離すな」という言葉そのものですね。
子どもと一緒にいる時間が多いママはどうしても手を貸してあげたくなるので、そうしたチャレンジ環境を作るのはパパの役割だと思います。私も子どもだけのキャンプに娘を参加させたり、身の安全について自分で判断できるよう育ててきました。そうやってパパがドッシリ構えて見守っていると、ママも子どもも安心感を得られるはずです。
もちろん今アドバイスしたような対応を実践するのは大変ですが、学校との面談などほとんどの苦労をママが一人で背負っているという家庭が実際は少なくありません。そうした現状を理解していただいた上で、ぜひパパも家族のために行動を起こしてください。
食物アレルギーを持つ子が急増していることはニュースで知っていましたが、その子たちが食べたいものを自由に食べられない環境で暮らし、パパママも苦しんでいるという現実を、今回の取材を通じて改めて実感しました。
アレパパの活動をきっかけに食物アレルギーへの対応がさらに広がり、誰もが笑顔で食事できるような社会になるといいですね。
<インタビュー協力>
今村 慎太郎さん(NPO法人「アレルギーっこパパの会」理事長)
長女の食物アレルギーをきっかけに、2013年にNPO法人「アレルギーっこパパの会」を設立。食物アレルギーへの対応が不十分な社会を動かすため、外食企業や食品メーカーと協力しながら活動を続けている。
■ホームページ http://www.arepapa.jp/
■Facebook https://www.facebook.com/arepapa/