
“育休知事”が小泉進次郎氏に授けたアドバイスとは? Daddy's Talk 第7回 鈴木英敬さん(三重県知事)
各分野で独特の感性を発揮し目覚ましい活躍を遂げているパパたちは、どのような家庭生活を送っているのか──。そんな気になる疑問を掘り下げる「Daddy's Talk」。
今回は、全国で2番目に現役知事として「育休」を取得した鈴木英敬・三重県知事にお話を伺いました。
“政治家の育休”といえば、自民党の小泉進次郎環境大臣が滝川クリステルさんとの結婚を発表した後、妊娠中の第1子のために育休取得を検討していると表明したことが、各方面から今話題を集めています。
しかし、企業に雇用される立場ではない国会議員は、育児介護休業法に基づく育児休業制度の対象外(出産による女性議員の国会欠席は認められている)。とはいえ、小泉氏も国会議員である以前に、家庭を持つ一人の男性。どのような形であれば育児のための休暇を取得できるのか?
鈴木知事は知事在職中の2012年と2016年に育児休暇(法的に定められた“育児休業”とは別)を取得し、小泉氏からも育休について相談を受けています。
そこで今回のDaddy's Talkでは、政治家として公務に就いている男性が育休を取るためのポイントなど、育休に関する話題を中心に語っていただきました。
“24時間戦う男”が育休を取得した理由
──鈴木知事は2012年に長男が生まれた際に計3.5日、2016年に長女が生まれた際に計5日の育児休暇を取得していますが、もともと育休に対する関心は高かったのですか?
三重県知事に就任する以前は官僚として勤めていたのですが、その頃は若気の至りで名刺に「24時間年中無休」と印刷するような仕事人間でした。2010年4月に東京・文京区の成澤廣修区長が自治体の男性首長として初めて育休を取得した際には、ブログで「区長が休んで危機管理は大丈夫なのか?」と批判したぐらいです。
ちなみに自分自身が育休を取得した際は、成澤区長に「あの時は申し訳ありませんでした」と謝罪しました(笑)。今では選挙応援に駆けつけるぐらいの仲ですよ。
──根っからのハードワーカーだった鈴木知事が、なぜ育休を取得しようとお考えになったのですか?
私はもともと子どもが好きで、結婚後なかなか恵まれなかった子どもをようやく授かることができた時、新しい命としっかり向き合いたいという思いが芽生えたのです。また、日の丸を背負ってオリンピックに出場した妻(元シンクロナイズドスイミング五輪メダリストの武田美保さん)には、応援してくださった方々に恩返しする時間を作ってほしく、そのためにパートナーである私が協力できる体制が必要だと感じたことも大きな理由です。
一方、知事という立場にいるからこその思いもありました。まず、家族のカタチが多様化する中でそれぞれに合ったライフスタイルを選択していけるよう、三重県のリーダーとして自ら空気を変えたかったのです。さらに県庁の女性職員たちから「知事が育休を取得すれば他の職員も取得するはずだから、ぜひお願いします」という声が挙がり、組織のリーダーとして一緒に働く仲間の後押しを大切にしたいと思い、育休の取得に踏み切りました。
──ハードワーカーだった官僚時代と比べると、大きな価値観の変化を果たしたわけですね。
2008年に官僚を辞職してから三重県へ移り衆議院選に出馬した際、親戚も同級生もいない中で厳しい選挙活動を強いられ、結局落選してしまいました。その際に敗戦理由を分析する中で、「自分自身も変わらなければ」とゼロから再スタートできたことも大きいですね。
──鈴木知事が最初の育休を取得した2012年当時は、日本の男性育休取得率が1.89%と社会全体の関心や理解が今よりも低い頃でしたが、周囲から育休取得に対して反対の声は挙がりませんでしたか?
私より先(2010年10月)に知事として初めて育休を取得した広島県の湯崎英彦知事と比べると少なかったですが、抗議の電話を受けることはありました。ただし、政治においてはどんな取り組みに対しても批判は起きるもの。全員が賛成することはありえません。それでも私が育休を取得し家事育児への参画を続けていく中で、そうした批判はなくなりました。
──育休に対する周囲の理解を得るために鈴木知事が心掛けたことはありますか?
まず第一に、知事という立場である以上「公務を最優先」とすること。副知事に任せられることはお願いしつつ、自分がやらなければいけない公務はきっちり遂行しました。
もう1つ気をつけたのは「危機管理は万全に」ということ。私は県庁から徒歩7分の場所に住んでいて、災害などが起きた際はすぐに駆けつけられるようにし、どうしても不在となる場合は危機管理統括監に任せることで万全の態勢を敷いています。
──知事の役割を確実に果たすことで、公務を休むことへの理解が初めて得られるということですね。
育休といっても実際に赤ちゃんと24時間一緒に過ごしていると、いつまでも泣き止まなくて困ったり、おむつ替えやミルク作りに苦戦したり、全然“休む”どころではありません。とはいえ、そうした実情をご存じない方が育休に対して批判の声を上げるわけで、だからこそ「公務を最優先」と「危機管理は万全に」を徹底する必要があったわけです。
──その後、第2子誕生の際にも育休を取得されましたが、今も家事育児には積極的に参画していますか?
はい。世間に大々的にアピールするほどのことは行っていませんが、常日頃から“ちょこちょこ”行うことを大事にしています。例えば、お風呂やトイレの掃除は汚れがたまらないようこまめに行ったり、ゴミ出しがスムーズにできるようゴミの分別を徹底するなど。
また、家族との過ごし方においても“普段できない楽しいことをちょこちょこ”と体験できるよう実践しています。夏休みなどのまとまった休暇の予定は私が企画し、今年の夏も長男と上海へ男2人旅に出かけたり、ラグビーワールドカップの日本対サモア戦を一緒に生観戦しましたよ。
2015年にはイクメンオブザイヤー イクメン特別部門を、2016年にはベスト・ファーザー イエローリボン賞を受賞している
──普段、ご家族と一緒に過ごすための休暇は取れていますか?
丸1日休むことはなかなか難しいのですが、ゴールデンウィークや夏・冬はまとめて休暇を取るようにしています。やはり、リーダーである私が休まないと県庁の職員も休みづらいし、私がいることによって発生する業務にも対応しなければいけませんからね。
小泉氏にアドバイスした“政治家の育休3箇条”
──先日、小泉氏が入閣決定後に鈴木知事へ育休について相談したというニュースが報じられました。具体的にどのような相談を受けたのですか?
小泉さんと私は昔からの知人で、小泉さんの入閣が決まった9月11日の朝に電話が掛かってきたんですよ。私がどのような形で育休を取得したのか尋ねられたので、「第1子の時は3.5日間、第2子の時は5日間それぞれ飛び飛びで休み、また、子どもを幼稚園に送るため約3カ月間に渡って朝の登庁時間を通常より30分間遅らせました」と答えました。
──他にも育休の取得におけるアドバイスはしましたか?
私の妻は第1子・第2子いずれの時も産後1カ月ほどで仕事に復帰したのですが、第1子の育休は妻が抱いていた復帰への不安を払拭するために、私が公務を避けて子どもの面倒を見るようにしました。また第2子の時は、仕事復帰と長男が幼稚園に通う時期が重なり、夜泣きの対応で早起きが不安だと言う妻のために私が登庁時間を遅らせて子どもを通園バスまで送っていきました。
そうした自分の経験を踏まえて、小泉さんにも「滝川クリステルさんとよく話し合って、彼女が不安に思っていることを払拭することが大事ですよ」と伝え、さらに先ほど申し上げた「公務を最優先」「危機管理は万全に」も大切なポイントとしてアドバイスしました。
──「妻の不安を払拭すること」は、政治家である以前に一人の人間として訴えたアドバイスですか?
そうですね。何のために育休を取得するかというと、子どものため、妻のため、そして自分のためです。決してパフォーマンスのためであってはならない。だから「クリステルさんが仕事復帰に不安を抱いているのであればその時期に小泉さんが休み、また夜の子どもの面倒に不安を抱いているのであれば夜の公務をセーブすればいい」と提案しました。
──小泉氏が育休を取得するのであれば、どのような形が現実的に可能だと思いますか?
大臣は毎週火曜・金曜に閣議があり、また国会の本会議や常任委員会で答弁する必要があるので、これらの日に公務を休むことは無理でしょう。もしクリステルさんが夜の育児に不安を抱いているのであれば、大臣が出席しなくても構わない夜のレセプションを副大臣に交代してもらったり、また昼間でも副大臣や政務官が代理で参加できるイベントであれば任せるという形で、自分の時間を作り出していけば可能ではないでしょうか。
──自分が休むことによって公務に生じる穴を、周囲にフォローしてもらいカバーするということですね。
はい。大事なのはチームとして周囲と意思疎通し連携すること。クリステルさんの意思と小泉さん自身が取りたい育休のスタイルを、副大臣や政務官たちとよく相談して共有し、その上で「この日は休みたいから公務を代わってもらっていいですか」と調整すればいいと思います。
「イクメン」という言葉をなくし、多様化する家族のあり方を認める社会へ
──先ほど「育休は家族や自分のために取るべきもの」と語っていただきましたが、その一方、県のトップである知事がすすんで育休を取得することは、県庁内や県民に対するアドバルーン効果も期待できると思われます。実際のところ、鈴木知事が育休を取得した後、県内における意識の変化を実感することはありましたか?
三重県庁内の男性職員育児休業取得率は、私が知事になる前の平成22年度が1.92%だったのに対して、平成30年度では36.67%にアップ。さらに、有給の育児参画休暇においては同じく平成30年度で93.33%に上り、県庁内においては明確な効果が見られました。
また三重県全体においても、総務省による平成28年度社会生活基本調査で明らかとなった「6歳未満の子供がいる世帯の夫の育児時間」で三重県は週平均53分と全国10位にランクインし、男性の育児参画が以前よりも進んでいます。さらにNPO法人ファザーリング・ジャパンが2017年に行った「自治体イクボス充実度アンケート調査」では三重県が堂々の第1位。
これらの数字が物語るように、まだまだベストの段階に達しているとは言えませんが、三重県全体において着々と育児に対する空気が変化していると思います。
三重県では男性の育児参画を推進するために平成26年度から「みえの育児男子プロジェクト」を推進。「ファザー・オブ・ザ・イヤーinみえ」など独自の活動を展開している
──鈴木知事が「ベストの段階」として将来に見すえている社会や家庭の変化とは?
まず「イクメン」という言葉をなくすこと。男性が家事育児に参画するのはもはや当たり前のことなのですから。
さらに育児以外の面も含めると、共働き世帯の数が専業主婦世帯を上回り、また核家族化が進む一方、LGBTの方もいらっしゃる──そうした多様化する家族のあり方を認める考え方をさらに広げることが理想です。私自身は保守系政治家として家族という生活単位を重視していて、だからこそ家族の多様性が認められ維持されていくことを望んでいるのです。
──最後に、鈴木知事が一人のパパとして家庭における今後の理想像や目標があればお聞かせください。
妻と子ども2人が生きていく中で「楽しい」と思ってくれることが何よりの理想ですね。家族というのは、いい時だけじゃなく悪い時も訪れるでしょうが、しんどい時ほど支え合えるような家族になりたいと思います。
また、妻とよく話しているのが「子どもの可能性の芽をつぶしたくない」ということ。妻が7歳の時にシンクロを始めたばかりの頃、母に「将来オリンピックで金メダルを取りたい!」と宣言したところ「ええやん、頑張りなさい!」と励まされたそうです。私たちも子どもの可能性の芽をつぶすことなく、やりたいと思ったことはどんどんチャレンジさせ、時には失敗も経験しながら成長していってほしいですね。
まとまった日数ではなかったものの「何のために休むのか」という明確な目的意識に基づいて取得した鈴木知事の育休は、取得期間だけでは測れない濃密さが伺い知れました。
今回のインタビューで語っていただいた体験談は、小泉氏が育休を検討する際のモデルケースになると同時に、「家族や自分のために取るべきもの」「イクボスが率先して空気を変える」という面では一般サラリーマンのパパたちにとっても参考になりそうですね。
<インタビュー協力者>
鈴木英敬 三重県知事
1974年生まれ。東京大学経済学部卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省。2011年に36歳で三重県知事に当選し、全国最年少現職知事となる(2019年に三選)。元シンクロナイズドスイミング五輪メダリストの武田美保さんと結婚し、長男と長女の育児にも熱心に励み、「イクメンオブザイヤー」「ベストファーザー イエローリボン賞」なども受賞している。