映画『ステップ』に自身の育児体験と父子家庭の子ども時代が与えた影響とは 飯塚健さん(映画監督・脚本家)【Daddy's Talk 第13回】

映画『ステップ』に自身の育児体験と父子家庭の子ども時代が与えた影響とは 飯塚健さん(映画監督・脚本家)【Daddy's Talk 第13回】

育児

目次[非表示]

  1. 完成までに10年の歳月を費やした理由
  2. 子育ての大変さを身をもって知ることで、描写に具体性が増した
  3. 子どもの”小さな変化”を見逃したくない
各分野で独特の感性を発揮し目覚ましい活躍を遂げているパパたちは、どのような家庭生活を送っているのか──。そんな気になる疑問を掘り下げる「Daddy's Talk」。

今回は、映画監督・脚本家の飯塚健さんにインタビュー。重松清の小説を映画化した最新作『ステップ』(7月17日公開)に込めた思いと、子を持つ父親としての素顔について伺います。

映画「ステップ」7月17日(金) 遂に公開/予告編

出典: YouTube

<『ステップ』あらすじ>
最愛の妻を病気で突然亡くしてから1年。健一は2歳半になる娘の美紀を初めて保育園へ連れて行き、再出発への第一歩を踏み出す。しかし、仕事と子育ての両立はハードを極め、毎日ヘトヘトで自信を失うことも。それでも健一は、義理の両親や周りの人々に支えられながら10年の歳月を積み重ね、男手一つで娘を育てながら自らも人間として成長していく。
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完成までに10年の歳月を費やした理由

──『ステップ』は飯塚監督が自ら映画化を熱望した作品と伺っていますが、原作小説との出会いは?

小説が出版された2009年に本屋で手にし、その日のうちに夜通し読み続けました。生まれて初めて小説で号泣し、「ぜひ映画化したい」と思って数日後には脚本を書き殴ったんです。完成した脚本を重松先生に手紙と一緒に送ったところ、熱意が通じたのか「預けます」と映画化を認めていただきました。

──この物語の何にそこまで惹かれたのですか?

実は僕も9歳で母を亡くしてシングルファザーの家庭で育ったので、自分に重ねて読まずにいられませんでした。そして、小説の「悲しみは消えない」というテーマも印象的でした。作り話において、辛いことは忘れて“乗り越える”ものとして描かれがちだけど、実際は忘れられないし“うまく付き合う”しかない。この小説では後者として描かれていて、「そうだよな」と共感しました。

──脚本の初稿執筆から映画の製作開始まで時間が空いた理由は?

他の映画の制作を進めていたという事情もありますが、主人公の健一役を預けるにふさわしいと思える俳優がいなかったのが大きな理由ですね。その後、山田孝之くんと2作品で一緒に仕事をして、2016年の年末に「次の作品はこれどうかな」と『ステップ』の脚本を渡しました。脚本の読み込みや制作準備に数年費やすうちに、“再出発に挑む父親の10年間”を演じるにふさわしい年齢に、ちょうど達するんじゃないかと思ったわけです。

──山田孝之さんを健一役に選んだ理由は?

俳優というのは脚本を通じて、演じる人物の“コア”を読み取る必要があり、それができないと自分の気持ちを役に持っていけません。山田くんは演技力はもちろん、そのコアを読み取る力と気持ちを積み上げる力が抜群なんです。今回も、設計図となる脚本に描かれている“芯”をしっかり読み取って演じてくれたので、表現の微調整以外は特に指導する必要もありませんでした。

子育ての大変さを身をもって知ることで、描写に具体性が増した

──脚本の初稿完成から製作が始まるまで数年以上のブランクが空いたわけですが、その年月は作品のあり方や描写にも影響を与えたのではないですか?

すごくありますね。初稿を書いた当時は独身でしたが、その後結婚し子どもも生まれたわけですから。まず、子育ての本当の大変さを身をもって知ることで、子育てにまつわる描写が具体性を増しました。また、子育てって“初めての寝返り”とか、ちょっとした出来事だけどものすごく感動する瞬間ってありますよね。子育てモノというのは劇的なエピソードを描くよう求められがちですが、ちょっとした出来事だってありのまま描けば十分劇的に感じられるんだということも、確信できました。

──シングルファザーの物語を描くにあたって大切にしたポイントは?

この物語は妻の死から1年半後、健一がシングルファザーとして再出発を決意するシーンから始まるのですが、そもそも健一が妻を亡くしたことがすべての始まりであり、そこから再出発を決意するまでが物語の核。大切な人を亡くした健一がどう感じているか、その気持ちとひたすら向き合いました。当時子どもだった僕には知る由もないのですが、ウチの父親も同じような気持ちだったのかもしれませんね。逆に、一般的なシングルファザーの家庭環境を思い描いたり映画に反映することはありませんでした。

──ご自身の育児体験を踏まえて健一の大変さに共感できるところはありましたか?

健一が2歳の娘にご飯を食べさせようと奮闘するシーンがありますが、子どもってなかなかちゃんと食べてくれないじゃないですか。しかも、さっきまで良かった機嫌が天気のように急変したり…。あのあたりの描写は自分の体験そのままです。あと、ウチの娘は撮影当時4歳だったのですが、女の子は心の成長が早いからか、けっこう生意気だったり大人びてるんですよ。健一の娘が小学校低学年のエピソードでは、そうした実感を演出に反映しています。

──シングルファザーの家庭で育った監督にとって、主人公の娘・美紀と気持ちが重なるところも多々あったのでは?

小学校の授業で母親の絵を描くというエピソードがありますが、あの時の美紀の心情は痛いほど分かります。あと、僕個人の話だと、土曜日の「お弁当の日」が大嫌いでしたね。

子どもの”小さな変化”を見逃したくない

──先ほどご自身の結婚や子育てが『ステップ』の作品づくりに与えた影響を語っていただきましたが、逆にこの映画を制作する中で、監督個人や家庭生活に何か影響はありましたか?

毎日が忙しいと、子どものちょっとした成長をつい見逃しがちですよね。また、子どもがある程度成長すると「初めて立てるようになった」みたいな劇的な変化はなかなか生まれないものですが、「小さな成長こそ劇的なもの」ということを今回改めて実感できたので、少しの変化も見逃さないようにしようと決意しました。あと、試写で映画を見た妻(女優の井上和香さん)が大号泣し、その日以来僕に優しくなった気がします(笑)。

──映画制作の仕事は忙しくて時間も不規則かと思いますが、家族と過ごす時間はしっかり取れていますか?

地方ロケで家を空けることもありますが、そのぶん“何もしない日”を作ることで埋め合わせ、家族で遊びに出かけたりしています。娘の成長に伴って“できること”や行ける範囲が以前より広がったので、僕自身もお出かけを楽しんでいますよ。

──家にいる間は奥様と家事を分担していますか?

分担というより、その時にできる人がやります。例えば、僕も妻も料理ができるので、妻が仕事で家を空けている時は僕がご飯を作ったり。とはいえ、基本は妻任せですし、掃除はロボット掃除機のボタンを押すだけです(笑)。

──そうやって積極的に家事に参加していると夫婦仲も良好かと思いますが、さらに奥様との関係をよくするために心がけていることはありますか?

経験則で分かったことなのですが、妻の話をスルーしないこと。たとえピンと来ない話でもちゃんと聞いて、相槌を打つことが大事ですね。

──子どもとの接し方で意識していることはありますか?

お子様向けのコンテンツばかりを与えないようにしています。たとえば、3歳の娘とコーエン兄弟の映画を観たり。

──最近、家族と過ごす時間で印象に残った出来事があれば教えてください。

家でたこ焼きを作ることがあるのですが、子どもが小さいとなかなか鉄板に近づけられないじゃないですか。でも最近は娘が自分でタコを鉄板に乗せたり、竹串でたこ焼きをひっくり返したがるんですよ。「娘がたこ焼きパーティーに参加するようになるなんて」とささやかな変化ながら感慨深く思っています。

──これからお子さんはますます変化していくと思いますが、どのように成長してほしいですか? もしかしたら同じ映画の世界に進みたいと言うかもしれませんよね。

自分の意見を多数決に流されず、やりたいと思うことをやれる子になってほしいですね。もし映画の世界に進みたいと言われたら「やめとけ」と思いますが(笑)、親がやっているのに子どもはダメなんて理屈が通らないじゃないですか。だから妻とは、「親の名前を使わないのであれば認めよう」ということにしています。

──家menのパパ読者にとって、どんなところが見どころになるか教えてください。

山田くんが健一という男の人生を10年分演じてくれて、またその節目になるエピソードも描くことで、家族と10年間生きるのがどういうことかよく分かる映画に仕上がっています。おそらく自分の子どもの年齢に近いエピソードに興味を惹かれるでしょうが、まだ子どもが小さいのであれば「これからこんなことがあるのか」と想像しながら将来に備えてほしいですね。逆にある程度大きく育っているのであれば、「小さい頃はこんなことがあったな」と懐かしみながら、家族に対する優しい気持ちを改めて思い出してもらえると嬉しいです。

シングルファザーの家庭に育った飯塚監督の思い入れ、そして実際に子育てを体験する中で得られたリアルな気づきが『ステップ』にたくさん込められていて、だからこそ見る者の心を揺さぶる作品に仕上がったのだなと実感できました。父と娘の10年間を描いた物語を通じて、ぜひ皆さんも家族の“これまで”と“これから”に思いを馳せてみてください。
<インタビュー協力プロフィール>
飯塚健(いいづか・けん)

1979年生まれ。2003年に『Summer Nude』で監督デビュー。その後『放郷物語』(2006)などの青春映画で頭角を現す一方、演劇作品、TVドラマ、ミュージックビデオの演出など活躍の場を広げている。代表作に『荒川アンダー ザ ブリッジ』(2011年ドラマ放送、2012年映画公開)、『大人ドロップ』(2014)、『虹色デイズ』(2018)、『ヒノマルソウル』(2020公開予定)など。

『ステップ』(2020年) /日本/ 上映時間:118分
■原作/重松 清「ステップ」(中公文庫)
■監督・脚本・編集/飯塚 健(『荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE』、『笑う招き猫』、『虹色デイズ』)
■出演/
山田孝之、田中里念、白鳥玉季、中野翠咲、伊藤沙莉、川栄李奈、広末涼子、余 貴美子、國村 隼 ほか
■主題歌/秦 基博「在る」(AUGUSTA RECORDS/UNIVERSAL MUSIC LLC)
■製作プロダクション/ダブ                    
■配給/エイベックス・ピクチャーズ     
■コピーライト:(C)2020映画『ステップ』製作委員会        
■公式サイト/www.step-movie.jp
■公式SNS/@step2020movie
■「ステップ」ビリング フルMAX Ver.

写真:家men編集部/開發祐介

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