『レディ・バード』 | 広い世界へ羽ばたきたい──自立する子と見守る親の想いとは

自立への道を進む思春期の我が子をどう見守ればいいのか


小さい頃は親の言うことを何でも聞いていた我が子も、反抗期や思春期を経ていくうちに自我が芽生え、親にとって「いったい何を考えているのか」「なぜそんな行動を選ぶのか」と理解に苦しむことも少なくありません


そうした変化に戸惑うのは親として当然ではありますが、思春期の子どもの心情や親としての心構えをある程度理解することができれば、いつでも泰然自若としていられるはず。


そんな気づきにつながる青春映画を今回はご紹介します。若手演技派女優シアーシャ・ローナン主演で描く『レディ・バード』です。


まるで昔の自分?大人になっていっそう共感できる“青春あるある”


皆さんは思春期の頃に「特別な“何者か”になりたい(なれる)」と願ったことはありませんか? この作品の主人公クリスティンは、まさにその典型と言える高校生です。


物語の舞台は、田舎と都会の中間にあたるカリフォルニア州サクラメント。これといった取り柄を持たないクリスティンは、親が付けた平凡な名前を嫌って周囲に“レディ・バード”と呼ばせる風変わりな少女。思春期真っ盛りな彼女は、口うるさい母親と衝突を繰り返しながら高校最後の1年間を過ごし、自分が進むべき道を探していくのです。


自分のことを“レディ・バード”なんて自意識過剰に名乗ったり、親や教師の小言・命令にカチンと反発し、ちょっと背伸びした恋や遊びに夢中となる…どれもこれも程度は違えど「なんか同じ年代の頃の自分と似てるな」と誰もが共感できるエピソードばかり。


何かを成し遂げたいけど、やりたいことが見つからない。でも1つだけ分かっているのは、この退屈な町から都会へ抜け出さなければ何も始まらないということ──。

こうしたクリスティンの切実な反抗心や自立心も、根底にあるのは「自分は特別な存在だ」という自意識過剰な思い込み。そう、時代が変わっても、思春期の子どもが考えることは今も昔もさほど変わらないのです


そんなクリスティンが猪突猛進しながら自分らしさを模索するエピソードの数々は、女優でもあるグレタ・ガーウィグ監督が故郷サクラメントでの自らの青春体験や心情を投影したもの。

それをシアーシャ・ローナンがどこか危なっかしくも瑞々しく体現することで、大人の目線から客観的に見るとちょっと青臭くてイタい姿に、かつての自分を重ねて愛おしく感じられるのです。


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大人になった今だから分かる、親子両方の想い


そして大人の立場でこの作品を見ると、クリスティンだけでなく彼女の親にも自分を重ねずにいられません。


子どもに良かれと思って「それはダメ」「こうしなさい」とアドバイスしているだけなのに、反発を招いてばかりなクリスティンの母。でも親子それぞれの立場や想いを客観的に見守っていると、結局は親も「こうあるべき」というエゴをぶつけているだけだと痛感させられます。

自分の娘はもう小さな子ではなく、独立した意思を持つ一人の人間なのだ──そう受け入れた(あきらめた?)母が娘を見守る眼差しに、胸を締め付けられずにいられません…。


そんなクリスティンの母の姿を見るうちに、いつしか気づくことでしょう。子どもなりの精一杯の奮闘や、子どもなりに考え出した選択を、たとえそれがベストではなくても親は認めてあげるのがよいのではないか、と


子どもが未来という大海原に向けて羽ばたく鳥であるなら、鳥が「疲れた」「戻りたい」と思った時に戻れる故郷こそが親。

いつか我が子が「自分の意志で親の元から羽ばたきたい」と願う時のために、ぜひこの作品を親子で一緒に鑑賞し、お互いの気持ちの理解に役立ててみてください。


『レディ・バード』(2017年) /アメリカ/ 上映時間:94分
© 2017 InterActiveCorp Films, LLC./Merie Wallace, courtesy of A24

上村 真徹(ライター・編集者)
上村 真徹(ライター・編集者)

家庭では妻の笑顔と娘の成長を最大の生きがいに、週末の料理やデザート作りで家族の胃袋をつかんでいる。最近は娘が成長し、以前ほど甘えてくれなくなったのが悩みのタネ。映画は新作・旧作問わず、年間100作品以上鑑賞。マイベストムービーは『ゴッドファーザー』だが、実は泣ける映画好き。

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