
「結婚とは嗜好品であり、夫婦でともに作り上げる作品」Daddy's Talk第1回・後編 マキタスポーツさん(芸人/ミュージシャン/俳優)
各分野で独特の感性を発揮し目覚ましい活躍を遂げているパパたちは、どのような家庭生活を送っているのか──。そんな気になる疑問を掘り下げる新企画「Daddy's Talk」。
今回は、芸人、ミュージシャン、俳優など表現者として多彩な才能を発揮しているマキタスポーツさんへのインタビュー後編。マキタ家の家庭円満のコツや、結婚して18年目を迎えた奥様との夫婦関係・結婚観について伺います。
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マキタ家で日夜起きる「機能不全」
──これまでお子さんを育ててきて、特に驚いたことや困惑したことはありますか?
日々困惑している状態というかパニック状態ですね。これは妻が言っていたことなのですが、我が家は子どもの年齢が1人ずつけっこう離れているから、1人がようやく成長し育児が一段落したと思ったらまた子どもが出来て、またゼロから始める…の繰り返し。
人間って物事を忘れる生き物だから、育児のサイクルが5年以上も離れると「上の子はどうやって育てたんだっけ」「またゼロから育児の山を登るのか」という感覚になるわけです。
──上の子を育てた実績があっても、実質的には初めての体験を繰り返しているようなものなんですね。
そうです。長女は“初めての子ども”。次女は“初めての妹”。そして今度は“初めての双子”で、しかも“初めての男の子”。また“初めて”か!とビックリするしかないでしょう。
──初めて男の子を育てている中で実感したことはありますか?
一般的に「男の子は体が弱い」と言われるけど、本当でした。すぐ風邪をひくんです。そしてその風邪が家族の中で伝染するという…。
最近も次女から風邪の蔓延が始まり、これでまた家の中が“機能不全”を起こすのかと思うと憂鬱ですね。
──機能不全というのは具体的に?
家族の中で1人でも欠けたり調子が悪いと、うまく歯車が回らないということ。
例えば、長女が家にいて下の子たちに目を配ってくれることによって、僕も安心して仕事に行けるし、妻も家事や育児をスムーズに回すことができる。つまり、家族の一人ひとりが欠かすことのできないパーツになっているのです。
日常の中でふと涙が流れる瞬間
──そうした機能不全を起こさないために日々心がけていることは?
機械に油を差すように、「ここの周りが悪くなってないかな」と家族の様子を日々点検することですね。そうした点検を面倒くさがって怠ると、いつの間にか妻が不機嫌になってしまう(笑)。
そこで「あれ、なんで不機嫌なんだ? そうか、俺が靴下を脱ぎっぱなしにしていたからか」と気づくこともあります。
──家庭の中の点検を常に万全にするのは難しいですよね。
妻が不機嫌になると、いつも洗い物がたまるんですよ。洗い物の回転率が悪くなるのは、我が家の機能不全の目安みたいなもの。そこで僕が洗い物をすることでリカバーしようとすると「洗い方が悪い」と文句を言われる(笑)。
そんなこと言われたら「俺だって頑張ってるんだぞ!」って嫌な気持ちになるじゃないですか。そこでイライラして皿をガチャガチャ鳴らしながら洗っていると、長女が「パパ怒ってるでしょ」と指摘してきて、戦火が飛び火するわけです。
──家族が多いと、そのぶん火種も増えそうですね。
常にそんな調子だから「家の中が安定している」と感じることはなかなかありません。
それでもたまに長女が3時限目から登校する日なんかに、僕と妻と長女の3人だけで朝食を食べる時があるんですけど…窓の外からポカポカとした日差しを浴びながら、お茶やみそ汁を飲んでいると、ふと急に涙が流れるんですよ(笑)。
──それはどんな気持ちの涙ですか?
これが幸せというやつなのか!という嬉し涙ですね。
タモリさんがおっしゃってたそうなんですが、「幸」という字は手枷を表わす象形文字が由来で、手枷程度の罪で済んで、死刑にならなかった喜び、つまり「最悪の状況から生き延びた時に感じる一瞬の安堵」という意味があるんだそうです。だから幸せとは、人生が右肩上がりで上昇している状況を指すのではなく、逆に下げ止まりのような状況でふと訪れる感覚。僕が感じた幸せも、まさにその一種ですね。
──小さな幸せこそジワジワ染みる…いい話じゃないですか!
でもそんな時でも我が家の経験則から「また夕方以降に何か起こるぞ」とつい不安になるんですよ。そうすると案の定、機能不全が起きてしまう(笑)。まさに束の間の幸せですね。
“結婚しなくても一人で生きていける”時代に結婚をする意味
──奥様との夫婦仲はいかがですか?
悪くはないけど…18年間も結婚生活を送っていると、口が裂けても「ラブラブで〜す」なんて言えない状態ですね。
──奥様はどのような性格の方ですか?
一言でいうと変わってますね。僕に仕事がなくて売れてなかった時代に、結婚して一緒に子どもを育てようと思ってしまうような人間だから、賢くはないでしょう。そして僕も賢くはない。お互いに賢くなかったからこそ結婚して家族をつくり、そして賢くないもの同士が知恵を出し合ってなんとか家庭を存続させているという側面はあります。
──元は他人同士の男女が夫婦関係を保つには、それ相応の努力も必要ということですね。
そうした結婚生活にまつわる面倒を楽にするには、離婚することが一番簡単な方法。でも、子どもがいるし、長年連れ添ってきた妻への情もあるし、それに仕事がなくて大変だった時代に妻が働いて家計を支えてくれたことは今でも感謝しています。
だから中途半端に夫婦関係を投げ出すつもりはないし、夫婦というのは男と女という簡単な言葉で括れる関係ではありませんね。
──では、マキタさんにとって結婚とは?
結婚は作品であり嗜好品、つまり極端な話、“なくても生きていけるもの”だと思います。
──“なくても生きていけるもの”というのは、具体的にどういうことでしょう?
現代は文明が発達し、仕事さえ選ばなければ一人で食っていける。しかも、適齢期になったら絶対に結婚すべきという社会通念も崩れている。つまり現代ほど“結婚しなくても一人で生きていける”時代は、人類の歴史が始まって以来ありません。
いわば結婚が当たり前のことではない現代に、結婚を維持するための“見習うべきモデル”なんて存在しないわけです。
──よその夫婦を手本にしたからといって必ず結婚生活がうまくいくわけではないと。
家menさんのインタビューでこんなことを言うのは恐縮ですが、メディアやSNSに載っている“理想の家庭”を追い求めても、結局は「なぜウチはあんなに素敵な家族じゃないんだろう…」と嫉妬や不満がたまるだけ。自分たちで答えを探し、自分たちなりの価値観を見つけ、家庭の機能を点検し問題を解決していくしかありません。
それこそ嗜好品である高級クラシックカーに油を差すように、一見ムダと思える作業を手間暇かけて行い、結婚という作品を夫婦で作り上げる努力が求められると思います。こんなことを言っている僕も、日々悩みながら家庭と向き合っているわけですが。
ネット社会の“味付けの強い言葉”には抵抗したい
──結婚という作品を夫婦で作り上げるにあたって、奥様と足並みは揃っていますか?
結婚した当初の僕は「芸能人でござい」みたいに妙なプライドを振りかざし、朝まで飲み歩いて家庭を顧みないことも良しとして、そのことで妻に注意されても逆に怒り飛ばしていました。でもね、そういう荒くれ者みたいな態度が逆に「嘘っぽいな」とだんだん思うようになったんです。また、一時期妻が心を病んでしまったことがあり、その時に「ああ、これまで妻のことを痛めつけてしまったんだな」と反省しました。
そこで今度は怒ることをやめて「いい夫」になろうとしたけど、いつの間にか“自分が怒らないこと”や“妻を怒らせないこと”がノルマのようになって…それはそれで本末転倒ですよね。やっぱり自分に嘘をつくのは不健康なので、今ではグルッと一周し、妻の気持ちを聞いた上で主張すべきことはちゃんと主張するようにしています。
──互いを思いやりながら正面からぶつかり合える夫婦関係になれたということですか。
でも妻からは「私に本音を言わないよね」と言われたことがあります。「俺が本音を言ったらヤバイぞ! 戦争になるぞ」と心の中で思いましたけど、もちろん戦争をしたいわけではありません。
結局は他人同士である夫婦の関係というのは、国同士の外交みたいなものですよ。双方が「この島はウチの領土ではない」と棚上げすることで平和を保つみたいな(笑)。
──何でも本音でぶつかり合って「白か黒か」を決めようと争っていては、夫婦間の平和は生まれないと。
もちろん争うべきところは争いますが、常に争ってしまうと戦争に突き進んでいくだけ。それに家庭生活を続けていくと、新しい問題が次々と生まれてくるじゃないですか。娘の彼氏問題とか結婚問題とか。
──初めてゆえの悩みが尽きませんね。
そうですね。このまま初めてだらけのことに悩みながら、死んでいくんでしょうね(笑)。
──先ほどマキタさんがおっしゃったように、自分なりの答えを見つけていくしかないのでしょうね。
世の中には「人生でAかBか迷ったらAだ」みたいな分かりやすい答えを語りたがる自称カリスマがいるけど、そんな簡単に決められるわけないだろ!って思います。とはいえ、今みたいな何もかも不確かな時代に「これしかない」と答えを示すと、一定の耳目を集めやすいんですよ。
特にネット社会は、インパクトのある“味付けの強い言葉”に対して吸い寄せられる傾向があるので、そうした風潮には抵抗したいと思っています。迷っている人がいたら「辛いよね」と言ってあげたり愚痴を聞いてあげたり、そして自分ならではのユーモアを交えることで、それぞれの悩みに寄り添いたいですね。
結婚して18年目を迎えてなお、答えが見つからないまま日々の課題に向き合っているというマキタさんの家庭生活を伺っていると、迷っているのは自分だけじゃない!頑張ろう!と前向きになれます。結婚とは“なくても生きていける嗜好品”だからこそ、かけがえのない夫婦関係を維持する努力は怠らないよう肝に銘じないといけませんね。
profile
マキタスポーツ
1970年生まれ。芸人/ミュージシャン/コラムニスト/俳優。音楽制作ユニット「マキタ学級」のリーダーとして独自の音楽観を深化させる一方、ビートたけしや浅草キッドも認める実力派芸人として活躍。さらに文筆家として鋭い時評・分析を展開し、「東京ポッド許可局」などのラジオ番組で人気を博すなど、表現者としてマルチな才能を発揮。2012年には映画『苦役列車』で出演と挿入歌を担当し、ブルーリボン賞新人賞および東京スポーツ映画大賞新人賞を受賞。役者としても注目を集め始める。
Photo: 木原基行
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