
完璧な夫やイクメンじゃなくていい Vol.3 | 男性学・田中俊之先生
男たちの未来──男性学にできること
これまで大正大学准教授の田中俊之先生に、男性が感じる生きづらさの現実やその対処法について語っていただきました。
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ではこれからの将来、男性たちを取り巻く社会や生活はどのように変わっていくのでしょうか? 最終回の今回では、男性学を通じてその未来像を予測します。
こんな男性たちは要注意! 未来の新たな“生きづらさ”
─これまで語っていただいた状況を踏まえ、近い将来、男性を取り巻く環境はどのように変わっていくと予測できますか?
今までネットの掲示板に書き込まれる罵詈雑言というのは、社会的に成功していない人たちによる鬱憤ばらしと思われていましたが、最近ではある程度年齢が高く社会的地位もあるような人が書き込んでいるんじゃないかとも言われています。その要因を踏まえて、3つの未来が考えられます。
まず1つ。今言ったような男性たちは女性差別に鈍感なところがあるから、女性の社会活躍に対して「自分たちの土俵が不当に侵されている」と不満に感じてしまう。今後さらに女性の活躍が推進され管理職に登用されるようになると、社会的地位のある人たちも「特権を奪われた」と考えるようになるでしょう。
─男性の不満の種が新たに広がることになりますね。
2つめはイクメンについて。こういう男性たちは転勤も残業もいとわず働き、会社に人生のすべてを注ぎ込むことで成功したのに「家事・育児もしないと男として認められない」なんて言われたら立つ瀬がないですよね。だからイクメンを推進するという価値観のシフトに対して脅威を感じるはずです。
─自分のプライドのよりどころがなくなってしまうということですね。
そして3つめになりますが、そういう人たちにとっては「いろんな生き方があっていい」と認めるダイバーシティ(多様性)の推進も脅威となります。これまで努力し競争に勝つことで高学歴・高収入を手にしてきたのに「幸せになる方法が他にもある」なんて言われたらビックリですよね。
そうした一元的な価値観を信じてきた人たち、また誰かを見下したり差別したりすることで自分の優秀さを信じてきた人たちは、ダイバーシティの推進によってその足元を崩されるでしょう。
─3つの未来の変化に男性は無自覚ではいられないのですか?
自分たちが持っていた「特権」を「特権」だと思っていなかった人たちが、それを女性やマイノリティたちと分ける必要に迫られると「自分の既得権益が奪われる」と一気に騒ぎはじめるおそれがあります。だから、女性活躍やイクメンやダイバーシティを推進しようとする人たちは、その進め方に注意する必要があるでしょうね。
「〜すべき」ではなく関心を持つことから
─そうした未来を見すえて、男性は今後どのように変わっていけたらよいでしょうか?
男性がどう変わるべきか云々という方向に議論していくと、社会の生きづらさは個人の意思や努力で改善できるという話になって、結局マジメな人ほど疲弊していくことになります。
最近はイクメンとかイクボスという新しい言葉がやたらと作られ、そもそもの根本的な問題が改善されているかというと疑問です。言葉の流行をきっかけに男性を変えていこうという気持ちは分かるのですが、安易なビジョンを打ち出して理想とは違う人生に悩む人たちを生むぐらいなら、コツコツ地道にやっていくしかないのではないでしょうか。
─そんな中で男性学にできることは何だと思いますか?
今まで私が語ってきた課題は、実はすべて自分にブーメランとなって帰ってくることばかりです。例えば、大学でも男女共同参画の精神に則って、業績が同じであれば女性教員を採用するケースもあります。もしこれが自分の身に起きてポストを奪われても納得できるのか、と常に自己反省を迫られています。
社会における自分の立ち位置、つまり男としての立ち位置をとらえ直すきっかけとして、新しい視点を与えるという意味で男性学には価値があると思います。
─男性学を提唱する田中先生自身も他人事ではないわけですか。
趣味を持った方がいい、と言っている自分に趣味がないなんてまずいですよね。他人からムダに見えるようなことでも自分にとって価値のあることというのは何か必要で、そうしないと人生の全部が仕事になってしまいます。
─仕事第一の人生だと、仕事を終えたら何も残らないですよね。
仕事だけに没頭してきた定年退職者にインタビューした際に、その危険性を痛感しました。こうした気づきというのは、男性学を研究していないと得られなかったものです。自分の性別が自分の行動に与える影響について考え直すことによって、自分がより良く、より自由に生きていくために役立ててほしいです。
─まずは考えることから始めよう、ということでしょうか。
自分で社会や生活を変えられないことに対して、無力感を感じる必要は決してありません。社会構造や企業文化を個人の意識や努力だけで変えることは不可能ですから、それに対して「意識が低い」と責めることは、男女いずれにとっても不幸なことです。
それは順番が逆であって、まずは生きづらさの原因となる問題に関心を持つ人が増えることによって社会全体にうねりが生まれ、そうすれば社会構造や企業文化を変えていく動きにつながると思います。まずは関心を持ち続けることから始めるのがいいのではないでしょうか。
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田中俊之(大正大学心理社会学部准教授)
1975年東京都生まれ。大正大学心理社会学部准教授。
専門は主に社会学、男性学、キャリア教育論。厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会、東京都渋谷区の男女平等・多様性社会推進会議の委員を務める。著書には『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)『<40男>はなぜ嫌われるか』(イースト新書)『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社+α新書)『不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか』(祥伝社新書)など。