【父親像の歴史】古代から平成まで…各時代の父親像はどのように変化してきたか?(前編)

【父親像の歴史】古代から平成まで…各時代の父親像はどのように変化してきたか?(前編)

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  1. 古代では“家族の一員”である前に“村落共同体の一員”
  2. 絶対的な権力を握っていた家父長制下の父親
  3. 性別分業が確立された”昭和の父親像”
  4. 共働き家庭が増加し、家事育児参加が求められる平成
「男性は仕事、女性は家庭」という性別分業(専業主婦)家庭が一般的だった昭和。

共働き家庭が増加し、「イクメン」という言葉の流行に見られるように、家事や育児に参加する男性も増えはじめた平成。

そして令和──。

3つの時代を股に掛けて育った家men読者のパパも多いと思いますが、自らが幼い頃に体験した家庭と現在の一般的な家庭像を比べてみると、その違いを通じて時代の変化を実感するのではないでしょうか。

これからの令和において、家族のカタチはどのように変わり、そして父親はどのような役割を求められていくのか?

その答えを探るべく、家族社会学などを専門とし、『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(光文社新書)の著者でもある立命館大学の筒井淳也教授にインタビュー。

今回はまず、古代から現在に至る家族のカタチと父親像の変遷について伺います。

古代では“家族の一員”である前に“村落共同体の一員”

──『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』で紹介されている家族の変遷で大変興味深かったのが、旧来的な家族像と考えられている「男性は外で仕事、女性は家庭で家事育児」という性別分業体制が、実は近代的な価値観だということ。この価値観に至るまで、どのような家族像が一般的だったのでしょうか?

まず古代までさかのぼると、人々は村落共同体に生活基盤を置き、数十人規模の集落で互いに協力しながら農作物を収穫し生活していました。共同体の貴重な労働力となる子孫をつくることは重要でしたが、家族単位で区別して自分の子どもだけにこだわるのではなく、集落全体で子どもを一緒に育てていたと考えられています。

──村落共同体の人々の結びつきはそんなに強かったのですか。

自分が“家族の一員”である前に“共同体の一員”である意識が強かったのです。例えば農作業においても、男性は男性で、女性は女性で固まって行動していたようで、“家族”というまとまりは現代と比べて高くなかったと思われます。

──夫と妻、あるいは父親と子どもの結びつきは現代ほど深くなかったのでしょうか?

そもそも昔は人々の生存率が低く、病気で配偶者や子どもと死別する可能性も高かったわけですから、現代ほど家族への愛着は持てなかったはず。逆に言うと、現代のように家族への愛着が上がったのは、人々の生存率が高まってからのことです。

──そうした環境における夫婦関係とはどのようなものだったのでしょうか?

夫婦が別々に、自分が生まれ育った共同体に住居を構えて、夜になると夫が妻の元へと訪ねる「通い婚」が多かったと考えられています。その場合、共同体に属していれば女性が男性に経済面で依存しなくても生活できていました。それだけ現代とは家族の仕組みが異なっていたのです。

──父親の影は現代よりも薄かったのでしょうね。そんな家庭において父親の生きがいや使命はあったのでしょうか?

家族が生きていくこと、つまり飢え死にせず食べていけるようにすることです。そうした物質的な満足以上の欲求が芽生えるのは、もっと経済的に安定し社会が豊かになってからです。

この時代の父親像をまとめると…

イラストはイメージです。

絶対的な権力を握っていた家父長制下の父親

──村落共同体社会の後にはどのような家族のカタチへ変遷したのですか?

封建制が成立する鎌倉時代以降になると、男性を中心に家族というまとまりが徐々に明確に形作られ、家長である父親が絶対的な権力を握る「家父長制度」が増えていきました。それまでの共同体の存続ありきではなく、自分の家を存続させることに意識が置かれるようになったのです。

──父親の権力はどれぐらい絶対的だったのでしょうか?

個々の家庭にもよりますが、現代風にイメージしやすくたとえるなら“小規模なファミリー企業の社長”で、家族や使用人はいわば従業員。経済や生活の基盤が共同体ではなく家にある状況において、家族にとっては社長である父親の意向がかなり強かったのです。

──家父長制度における父親は家事育児にどれほど参加していたのですか?

比較的規模の大きな商売をしている家庭では従業員を住み込みで雇い入れ、家のことは妻と従業員で協力したり使用人に任せていました。男性に限らず女性もですが、昔は社会的地位が高い人ほど「家事や育児をするのは恥ずかしいこと」と考えていて、そうした家庭では使用人が一手に家事育児を担っていました。そんな時代であればなおさら男性が家事育児を行う必然性は低かったでしょう。

──村落共同体社会の時代と比べて父親のあり方が変わり、それに伴って生きがいや使命も変化したのでしょうか?

生存条件が「飢え死にしないこと」から「家を存続させること」に変わっただけで、父親に課される使命は根本的には同じです。官職を持つ身分であれば実子や養子に受け継ぎ、農工商であれば“小規模なファミリー企業の社長”として家を存続させることが父親の使命でした。
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