
「実はとても迷っている」。小1起業家で話題の「息子シリーズ」の今後は? Daddy's Talk第3回・前編 佐藤ねじさん(プランナー/アートディレクター)
各分野で独特の感性を発揮し目覚ましい活躍を遂げているパパたちは、どのような家庭生活を送っているのか──。そんな気になる疑問を掘り下げる「Daddy's Talk」。
今回は、WEB・アプリ・デバイスのスキマ表現を探求した作品の数々で注目を集めるクリエイターの佐藤ねじさんにインタビュー。
ご自身の息子が「その年齢でできること」を作品として発表する個人プロジェクト「息子シリーズ」の制作秘話を尋ねながら、佐藤さんの子育て観にも迫ります。
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「息子シリーズ」はバズることを意識しない、純度の高い個人制作
<息子シリーズ>
・0歳「0歳カレンダー」
・1歳「たぶん世界最年少のクリエイティブディレクター」
・2歳「2歳児が語る、日本の社会問題」
・3歳「3歳の写真家」
・5歳「5歳児が値段を決める美術館」
・6歳「大人の悩みに6歳児が答えるラジオ」
・7歳「小1起業家」
■ブルーパドル「こどものブルーパドル」
──佐藤さんはこれまで「子どもがその年齢でできること」と「テクノロジー」を掛け合わせた「息子シリーズ」を毎年制作してきました。今年も子どもが900円借金してコーヒー屋を家庭内起業する「小1起業家」が大きな話題となりましたね。
正直言うと、テレビで取り上げられるほど話題になるとは思っていませんでした。もっとひっそりと制作し続けて、20年分ぐらい貯まってからプレスリリースで公表するつもりだったんですよ。
──「息子シリーズ」を始めようと思ったきっかけは?
子どもと親の関係性って、それぞれの家庭によってまったく異なる“オリジナル”ですよね。僕は作品づくりにおいて常にオリジナリティを重視していて、作品対象として子どもの成長や親子関係を扱ったら面白そうだなと思ったのがきっかけです。
──子どもの成長を記録する、いわゆる「アルバム」とは別物なのですか?
TwitterやInstagramの写真投稿みたいに「子ども=可愛い」とざっくり記号化された記録ではなく、より解像度が高い具体的な着眼点を意識しています。例えば、2歳児がしゃべる台詞の絶妙なズレ具合とか。そうした「その年齢でその子にしかできないこと」をすくい取り、さらに社会的なメッセージなど独自の切り取り方を組み合わせたものが「息子シリーズ」です。
──「息子シリーズ」のネタは毎年どのように探しているのですか?
大人があらかじめテーマを決めて仕込むのではなく、その年ごとに子どもが見せる特徴や成長、いわば“取れ高”に応じて作っています。
日々変化していく子どもがその瞬間にしか見せない「今、面白いことしてるぞ!」という瞬間ってとても価値がありますよね。そうした間近にいるからこそ体験できる一瞬の面白さを逃したり、家族の中だけで共有するのはもったいない!という思いから、少なくとも年1回のペースで作品化しています。
──“取れ高”ありきの制作スタイルは普段の作品づくりでは珍しいことだと思いますが、他にも「息子シリーズ」の独自性はありますか?
仕事で関わる作品はPRなど何かしらの目的が伴うため、気を緩めるとマーケット受けを意識しすぎて自分らしさを見失うおそれがあります。
一方「息子シリーズ」は誰のために作るわけでもなく、マーケットでバズることを意識する必要もない、「こういうことが自分にとっては面白い」というオリジナリティを確認できる場。マーケティングに縛られない純度の高い制作として、これからも大事にしていきたいですね。
──これまで作った「息子シリーズ」の中で特に印象に残っている作品は?
世間では「5歳児が値段を決める美術館」と「小1起業家」が特に反響を集めたようですが、1歳の時に作ったWEBサイトは家宝みたいなものだし、自分の中では作品ごとに思い入れの差はありません。
例えば皆さんの家庭でも、1歳と2歳の子どもの写真でどっちに思い入れがあるか?なんて優劣をつけられませんよね。それと同じ感覚です。
「息子シリーズ」を子どもがネットリテラシーを学ぶ場にも
──「息子シリーズ」という作品を通じて自分の姿が世間に見られることを、お子さん自身はどのように感じると思いますか?
小さい頃は当然「自分が世間に見られている」なんて分からないでしょうが、小学生だとある程度のことはちゃんと理解できる年齢なので、「息子シリーズ」がどういうものか説明するコミュニケーションはしっかり取っています。
ただし息子は“見られること”をあまり意識してないみたいで、「小1起業家」がテレビで取り上げられたと知っても「ふーん」という感じです。
──今はSNSで自分のことを発信するのが当たり前の時代ですからね。
むしろ「情報をこう発信すればこうやって広がる、こんな発信をすると炎上する」といったネットリテラシーを学ぶ手段としてプラスに活用したいです。
とはいえ「小1起業家」がものすごい勢いで拡散し、小学校で息子が「テレビに出てたね」って言われるほど反響があったのはさすがに想定外でした。次は「お金×子ども」というメディア受けしそうなテーマではなく、もっとニッチなネタを扱おうと思っています。
──子どもの“取れ高”から作品を制作するように、佐藤さんにとって創作活動とプライベートは線引きされないものでしょうか?
ワークショップのような工作を家の中で子どもと行ったり、わりと混ざり合っています。妻もおもちゃ作家で、夫婦揃ってクリエイターという家庭環境も大きく影響しているのでしょうね。
──では、プライベートが佐藤さんの創作活動に影響を及ぼすこともあるのでしょうか。
そうですね。「息子シリーズ」以外にも子ども関連の制作を手がけているので、普段息子と接している中で「これってこんなアイデアに活かせるな」という発見を得られることもあります。
──子どもと接する時間がアイデア出しにもなっているんですね。
あくまで遊びですが、実際に子どもと一緒にアイデア出しを行うこともありますよ。例えば家族でドライブ中に「新しいジェットコースター」を順番に発表していくとか。
どこまで続ける?迷っている「息子シリーズ」の今後
──大人も子どもも柔軟な発想力を磨くことができて、とても良い取り組みですね。今後のお子さんの成長と合わせて「息子シリーズ」はどのように変わっていくと思いますか?
実は「息子シリーズ」の今後について、今とても迷っているんですよ。
──何を迷っているのですか?
昨年2人目の男の子が生まれてもうすぐ1歳になるのですが、長男だけ「息子シリーズ」を続けていくのは不平等かなと(笑)。長男が小さい頃になかったテクノロジーを次男の作品に使ってみたいという思いもあるんですよね。例えば、モーションキャプチャーを活用した「0歳児のVtuber」とか。
それに長男がある程度大きくなってくると顔出しの是非も考えないといけないので、「息子シリーズ」は小学生で打ち止めにするかを含めて検討中です。
──言われてみると不平等な気がするし、かと言って2人分の「息子シリーズ」を制作し続けるのは佐藤さんの負担が大きいでしょうからね。
本当は小学生以降も含めた長いプロセスで手がけたいんですよね。おそらく反抗期になったら作品づくりに協力なんてしてくれないでしょうが、その時はそうしたリアクションを報告するとか、親子で長く生活している証に「息子シリーズ」がなればいいなと思っています。
──6歳の少年とその家族の成長物語を、同じキャストで12年間撮り続けた映画『6才のボクが、大人になるまで。』みたいですね。
確かに。そうした長い時間を掛けて作っていく作品って面白いですよね。自分としてはできるところまで継続していきたいと思っていますが、あくまで子どもの“取れ高”ありきの企画だから、子どもの気持ちを含めて今後の成り行きに任せていきます。
誰もが身近に感じられる“子どもが見せるその年齢ならではの成長”が、佐藤さんならではの感性で切り取られる──。「息子シリーズ」がテーマ自体は決して奇抜ではないのに斬新かつ面白い理由を垣間見ることができました。
後編では子育て観をさらに掘り下げながら、佐藤さんの家庭生活や夫婦関係についても詳しく伺います。
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<インタビュー協力>
佐藤ねじさん(プランナー/アートディレクター)
1982年生まれ。「空いている土俵を探す」というスタイルで、WEB・アプリ・デバイスのスキマ表現を探求。ハイブリッド黒板アプリ『Kocri』や『しゃべる名刺』『レシートレター』などの斬新な作品を発表し、グッドデザイン賞BEST100をはじめ数々の賞を獲得。2016年7月に面白法人カヤックから独立し、株式会社ブルーパドルを設立。著書に『超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方』(日経BP・刊)。