
ほぼ牛一頭まるごと食べつくしクッキング「これからがBBQの本番です」
肉料理は最高の道楽だ。
調理の探求には科学の実験のような楽しみがあり、課題を解決したら、重い開かずの扉を開くような爽快感がある。その先に待っているのは、とびきりおいしい一口だ。
家庭の肉料理はもっとおいしくなる。このシリーズを読み込めば、店頭でどんな肉と巡り合っても大丈夫。すべての部位を極上の一皿に変える「ほぼ牛一頭まるごと食べ尽くしクッキング」、今回もスタートです!
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そのモモはウチモモかソトモモか。それが問題だ!
家menをご覧のみなさま、こんにちは。いつも『大人の肉ドリル』がたいへんお世話になっております。松浦達也でございます。
1.大量の食べ歩きや取材等で触れた新しい知見や情報を盛り込む。
2.裏付けのある理にかなった調理法で組み立てる。
3.意味のない手順や素材、調味料は見直す。
というのが、この連載「ほぼ牛一頭まるごと食べ尽くしクッキング」のスタンスですが、連載スタート時に編集部から「バーベキューについて書いてほしい」というリクエストがありました。
当初は「夏に」とリクエストがあったのですが、秋まで待っていただきました。というのも、どうも全国的に「夏こそBBQ」という誤解が広まっているようなのです。
実際今年も夏休みの週末となると、BBQのできる公園などは人でびっしり。
先日、俳句界のお偉い方に「あら。バーベキューにお詳しいの? 私、先日夏の季語に(正確には夏の季語『キャンプ』の子季語として)『バーベキュー』を提案させていただいたのよ」と好意全開で言われて少々困ってしまいました。
実は、夏はBBQにとって一番いい季節ではありません。
確かに夏になるとバーベキューを楽しむ人は増えます。しかしそれは「夏だけ、バーベキューのようなレジャーを楽しみたい人」の話。
少し考えていただけるとうれしいのですが、「夏こそBBQ」というのは誰の都合でしょうか――。
ひとえに「夏休み」の都合です。会社員や子どもの学校の予定など、家族や友人間の予定が合わせやすいから、バーベキューは夏休みに開催されるのです。自然の営みとはあまり関係ありません。
キャンプは「森林」や「清流」とセットなので「夏」に楽しむのにはいいと思いますが、バーベキューは本来「夏」という季節と関係ないばかりか、近年の猛暑っぷりからすると、むしろ夏は最もバーベキューに不向きな季節。35℃の炎天下を選んで炭火と格闘する必要はないような気がします。
というわけで、日本におけるバーベキューシーズンの本番は、暑さが一段落し、台風が落ち着いてくるこれから。そんなふうに考えていただけるといいと思います。
さて本日のお肉。今回は複数の部位を挙げておきます。といっても、すべてそろえる必要はありません。このあたりのなかから手に入りやすいものを選べばいいのです。
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本日のお肉~ウチモモ、肩ロース、ランプ、イチボ
※部位の分け方、解釈は地域・事業者によって異なる場合がございます。
モモは運動量が多い部位で、とりわけソトモモは運動量が多く、硬くて筋繊維があらい。煮込み料理に向くが、バーベキューのような焼いたりする料理にはちょっと工夫が必要。
ウチモモはソトモモに比べればキメが細かい。海外では「ラウンドステーキ」にしたり、国内でもローストビーフ用として販売される部位。
スーパーや精肉店などで「モモ」とだけ書かれている場合は、店員にウチモモかソトモモかを確認し、バーベキューのような「焼き」に使う場合にはウチモモを手に入れたい。
その他、スジはあるが濃厚で力強い味わいの肩ロース、やわらかく味もいいランプ、シュラスコにも使われる南米の定番、イチボなども適材。
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串を覚えるだけでバーベキューは"うまく"なる!
「バーベキューとはコミュニケーションだ!」というのが、僕もお世話になっている日本BBQ協会のスローガンです。
もちろん肉は上手に焼けたほうがいい。でも、肉焼きはあくまでバーベキューを上手に取り回すための技術のひとつ。バーベキューの成否は、参加者と良いコミュニケーションができるかにかかっています。
そのためには、バーベキュー開始後は余分な作業を最小限にしつつ、最大のパフォーマンスを目指さねばなりません。
今回紹介する牛角切り肉とズッキーニの串焼きは、簡単な仕込みで大勢のゲストにも対応できる、網焼きなのにテッパンとも言える品なのです。
さて上記、「本日のお肉」でこの牛一頭丸ごとクッキングでは初めて、複数の部位を指定しました。この牛角切り肉に適した肉はいくつかありますが、セレクトの条件はズバリ2つ。
「一定以上のやわらかさ」と「一定以下のお値段」。これに尽きます。
まず牛肉の「かたい」「やわらかい」は牛の種類によっても変わりますが、部位でも大きく異なります。基本的に地面に近いところは硬く、地面から離れた背側はやわらかい。
例えば背中側の2大ロース(リブロース、サーロイン)はやわらかい!…のですが、この2カ所は角切りにするには少々もったいないし、お値段も張ってしまいます。
というわけで、ここは「ウチモモ」「ランプ」「肩ロース」「イチボ」といった比較的リーズナブルな部位のブロックを選びましょう。
「3~4cmの角切りなら、シチュー用って書いてあるモモ肉を使えば仕込みもラクなのでは?」と考えたアナタ! ア・ナ・タですよ。どうかお待ちください!
煮込み用の肉はサッと炙っても硬いままです。
例えば同じ「モモ肉」と表示されていても、煮込み用のモモ肉は硬いソトモモ。サッと火を通すだけでウチモモのようなやわらかさにはなりません。
「モモ」とだけ書いてあってウチモモかソトモモか判別できなければ店のスタッフに確認してください。
その他、煮込み用としてよく使われるスネ、ネック、カタといった部位も硬いので、焼き物メニューには向きません。ちなみに肩ロースとカタは近くにありますが、別の部位です。
もっと言うと、角切りカルビも向いていません。
焼肉店で「並カルビ」として商品化されるのは、腹側の「トモバラ」という部位。
実はここ、結構硬い部位なのです。焼肉のように薄く切るならともかくサイコロ状に切っても、やっぱり硬い。
耳なじみのあるメジャーな部位だからといって、焼いておいしくなるとは限らないのです。
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コミュニケーションツールとしての肉焼き
さて、牛角切り肉の串焼きにはバーベキュー向けに特化された利点がさまざまあります。日本BBQ協会では、牛角切り肉とズッキーニを「出会いのもの」として教えてもらいました。
その最大の理由は「火が通る時間が同じ」だということ。
似たようなサイズに切りそろえた肉とズッキーニは焼き時間がほぼ同じ。
同じ串に刺して火にかければ、同じタイミングで焼き上がります。
さらに、どちらもある程度なら焼きすぎても、焼き足りなくてもおいしく食べられる。
それぞれがバーベキューに向いている上、お互いが相性のいい食材なのです。
そしてコミュニケーション重視の肉焼きに大切なのは、いかにグリルにつきっきりの時間を減らせるか。
極端に言えば、よく気のつく人から「そういえば肉は?」と聞かれて、「あ、様子見てもらっていい?」と人に自発的に動いてもらえるくらいの仕組みを作ることが大切です。
なんだか肉調理の連載とは思えない原稿になっていますが、突き詰めれば肉の調理は日常の対人コミュニケーションと変わりません。
肉の顔色を伺い、問いかけてときには触れてみて、あれこれ面倒を見て初めておいしく仕上がります。
バーベキューのように多人数が関わる場となれば、仕事などのグループワークと同じようなもの。
人を上手に使い、使われという関係性がバーベキューを成功させる近道なのです。
といっても、さすがに横道にそれすぎたので、牛角切り肉の串焼きの話に戻ります。今回のポイントは以下の4点。
角切り肉の串焼きのポイント
①肉とズッキーニをざっと同じサイズに切りそろえる
②多少放置しても焦げないよう、炭は少なめ(弱火)
③ズッキーニにのみ油を塗る
④グリル用のフタを用意する
①はそれほど几帳面でなくても構いません。②の炭の量は重要です。遠火が作れる環境なら遠火で、遠火ほどの距離が作れなければ少なめの火から始めましょう。③の油は乾燥防止。④は丸型のフタ付きグリルなら必要ありませんが、フラットグリル用のフタも別売されています。
さて、それでは手順です。
<材料(4人前)>
牛角切り肉 400g
ズッキーニ 2本
塩・胡椒 適量
オリーブ油(太白胡麻油) 適量
金串 数本
<作り方まとめ>
1. 牛肉は3~4cm角に、ズッキーニは2~3cm厚さに、ざっくり同じくらいの大きさになるよう切り出す。
2. 金串に肉とズッキーニを交互に刺す。ズッキーニに乾燥防止の油を塗り、塩こしょうを振る。
3. 落ち着いた炭火のグリルに2を乗せ、表面全体にざっと焼き目をつけたらフタをして、約10~20分でできあがり。
※フタがなければアルミホイルで串全体を覆うようなフタを作る。熱が逃げ放題にならないような遮熱壁を作るイメージ。
細かすぎる牛角切り肉串焼きのポイント説明
1. 火起こしは最初に
バーベキューと言えば、まずは炭の火起こし。
うちわで扇ぐような光景をよく見るが、チムニースターター(煙突式火起こし器)があればうちわの必要なし。スターターがなくても、グリル上でやぐらを組むように炭を配置して、火を起こす方法もある。
この間に炭での調理の必要ないフィンガーフードなどを用意する。
2. 脂身やスジの多い肉は掃除しておく
過剰な脂は炭に落ちて、燃え上がり煤が雑味になってしまう。さらに余分な炎が加熱ムラを作るだけでなく、火の通り方が変わり、焼けムラにもつながってしまう。大きなスジもこのときに取っておく。
3. 食材を串に刺すときには食材を置き、串は下向きに
串打ちの鉄則。宙に持ったまま、串を刺そうとすると不安定になり、うまく刺さらないばかりか周囲に人(特に子ども)がいるときなど危険にもつながる。しっかりした台に食材を置き、斜め上から串を打つ。
4. 炭は全面に敷かなくていい
バーベキューではメニューによって炭のレイアウトを変える。Weberのようなフタ付きの丸型グリルがある場合には、ドーナツのように中央には炭を置かない配置で全体に均一な加熱を目指す。その他のメニューでも強火、中火、弱火など炭の配置にはメリハリを。
5. 少量の残り火を活用する
終盤はフルーツの表面に焼き目をつけたり、串でマシュマロを焼くなど、終了間際には徐々に弱くなる火力を生かし切る構成を考える。
ちなみに1ポイント
実はバーベキューの成否は、仕込みと片づけをいかにスムーズに行うかにもかかっている。
フィンガーフードの用意があれば火力が安定するまでの時間もゆとりを持って過ごすことができる。
熾す炭の量が適正ならば、食材も上手に焼くことができ、余分な炭も余らない。
最後は焼き網を外して、串でマシュマロなどを焼いて炭を使い切ることを心がける。
火の大きさはコミュニケーションの大きさ。大きい輪を作り、徐々に小さく、密接な輪にしていく。
より詳しいメソッドは日本BBQ協会(http://www.jbbqa.org/)へ。
写真・文/松浦達也
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